ラースと、その彼女

「少し歩こうか?」

そう。大好きで大切な人としたいことは、少しひんやりした空気の中を手を繋いで歩くこと、思い出の場所に連れて行くこと、大切な人を紹介すること、「ちょっとカッコいいところ」を見せること・・・
どうしても一人では耐えられないことっていうのがこの世にはあるわけで、そんなときに支えになってくれて、勇気をくれる人のことを思い出さずにはいられませんでした。

大好きで大切な人と見る風景の美しさは「二人のいる世界」が、「ただ二人だけがいる世界」ではないからこそなのだと思います。

「皆があなたのことを大好きだから、貴方の為にいやな顔一つせず力になってくれてるのよ!」

ガツンと来ました。
彼女、元々素敵な女性であることは誰の目から見ても明らかなのですが、それ以上に「母は強し」なのかなぁと。母親に対して特別な感情を持っているラースとの関係はとても深い意味を持っているし、彼女ほど「二人(親子、または夫婦)のいる世界」と「二人だけがいる世界」の違いを直感している人はいないのではないでしょうか。だから彼女は誰よりも早く彼の異変に気がついていた。
恐らくはラースが何らかの「決意」をした理由も新しい命が生まれてくることに起因していたわけで、やっぱり「赤ちゃんパワー」は絶大なのでした。

どんなに大好きで、どんなに大切でも、どうしても上手くいかないこともあります、大人には。
嫉妬、束縛、恐怖、記憶・・・お腹が空いてる時もあるし、眠くて仕方がない時だってあるし、蒸し暑い時も、三日も雨が降り止まない時だって・・・それから「死」「別れ」
誰かが生まれることと誰かが亡くなることは、いつも同時に起こるって泰然綽々(?)
で教えてくれたおばあちゃん達も大好きです。
こういう対照はよく映画の中で使われますが、割と印象的なシーンが多いです。
アラン・リックマン監督(!)の「ウィンター・ゲスト」に出てくる「お葬式マニア」の老婦人二人組なんかを真っ先に思い浮かべました。

それから、自らの内なる声に耳を傾けて一途に一人の女性を愛そうとするラースを見ていて思い出したのはアルモドバルの「トーク・トゥー・ハー」。やっぱり繋がっているんだよなぁ。

初めて彼女を紹介する時の小気味の良い編集や、「田舎だから何でも診なきゃいけないのよ。」って程度だと思わせておいて、実は凄腕の女医先生。このあたりはなかなか上手いなぁと唸らされました。
彼女は自立した大人の女性の知性、気品、優しさ、強さ、それから秘めた情念(女性として、母親としての)みたいなものまでをキチンと表現していて見事でした。
2008年12月30日19:23

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