タイタニック

自分と自分の大切な人のために。
少しでも船に長く居続ける為に、二人は船首へ船首へ上ります。他の人々をか き分け、次々と落ちていく他の乗客達を見下ろしながら、それでも二人はお互 いを信じ、愛情を確かめ合っています。
程度の差こそあれ、二人も、ボートに乗り生き残った人々も、その他の乗客も 「生への執着心」という意味では同じ立場にいたのだと思います。
ただ、「生きる事の意味」がそれぞれに違っていた。
「トリコロール・赤の愛」の“出来すぎのラスト”に対する答えを僕は“個人 の領域での博愛精神”に求めました。一年ほど前の書き込みで。
生きることや誰かを愛する事が、他の誰かを蹴落としたり、傷つけたりする事 だとしても、自分と自分の大切な人の為にだけは“個人の領域での博愛精神” をどこまでも発揮する事が出来ると僕は信じたいのです。「生きる事の意味」 の違いに優劣をつける事は出来ないと分かってはいても。
だから、夜の海に漂いながら“自分達だけが”助かる事を信じて愛を語り合う 二人の姿にリアリティを感じてしまったのです。
この映画のリアリティは最新技術に支えられ事実を忠実に再現するという意味 だけにとどまらず、登場人物一人一人の「生きる事の意味」にまで及んでいま した。僕はJ.キャメロンという人はかなり前者に偏った人だと思っていたのですが、えらい思い違いでした。
それから、こういう映画を超一級の娯楽作品として通用させてしまうハリウッ ドの懐の深さにもあらためて驚かされました。
共に魅力的なキャラクターを見事に演じていた主演の二人、僕は二人にも100点満点をつけてあげたい。ウィンスレット嬢は「いつか晴れた日に」「日陰 のふたり」でその魅力を認めていたのですが、レオ様の場合「ギルバート・グレイプ」の後は人気先行というイメージがあったのです。しかし、彼が本物だ という事をこの映画は証明してくれました。
「必要なものは全部揃ってる。五体満足な体とスケッチブック。橋の下で夜を 過ごす事もあるけれど、それでも必ず明日はやってくるんだ!」
夕食会に招かれた彼が300%くらい自信たっぷりに、自分の生き方を語った あの台詞を僕はとても気に入りました。クライマックスに突入する前にこの台 詞だけで僕はなぜかホロリとしてしまいました。
ハリウッド系大作が不作だという印象の強かった今年、ラストになって流石の 底力を見せつけられました。
97/12/29(月) 01:05

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