めぐりあう時間たち

それなら、どこへでも行けばいい。君の行きたい所へ、何処へでも。君は君自身の人生を生きればいいんだ。
でも僕はお腹がすいた。君だってそうだろう?だから帰ろう。一緒に帰ろう。一緒に帰って夕飯を食べよう。

誰かが死ぬ必要があるのかな?誰かの生の価値を高める為に・・・。もしそうなのだとしたら僕は生きてみたい。そうだなぁ、やっぱり僕自身の人生を生きてみたい。
僕自身の人生のすぐ傍に、君自身の人生があれば・・・。君自身の人生があれば・・・。僕には決められない。それを決める事が出来るのは君だけだから。
でもそれをこの世界で一番強く願っているのは僕だよ。この僕だよ。

でも最初から分かっているわけではないと思うんだ。自分自身の人生が何処にあるのかっていうこと。いつだって誰だって自分自身の人生は「未知なる未来」にあるんだから。

「自分自身の人生」を生きることは「自分自身だけの人生」を生きることと、いつも同じではないと思うよ。誰かの為に生きることだって、誰かに生かされる事だって・・・。時間も空間も越えて、まだ出会ったことのない誰かの為に君や僕は生きているのかもしれないし、自分の知らない誰かによって生かされているのかもしれないよ。

だから、たとえどんなにゆっくりでも進み続けるしかないんじゃないかなぁ。
簡単に「後悔している。」と言うことが出来ない、時として険しい道を。

一つだけ確かな行き先。土色の濁流の中、薄汚れたアパート街のアスファルトの上、それとも・・・。その瞬間君が、僕との間に「積み重なっていった時間」を思い起こしてくれればそれでいい。それが多分君にとっての「幸福の大部分」だから。きっとそうだから。

一つとして弛緩した場面がない濃密な映画ですが、僕が一番好きなのは、ホームのベンチでロンドン行きの列車を待つ妻に語りかける夫の言葉でした。本当はこの映画は紛れもなく“女性の映画”なのでしょうが、僕の場合はあの彼の言葉から始まって、映画の中の様々な言葉や思いがチェーンのように繋がって、連なっていきました。
映画館で何度も見たい映画です。何度も見た後、僕にとって「忘れられない一本」になりそうな予感がします。
03/05/23(金) 21:55

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