萌の朱雀

どこかで見た風景、どこかで聞いた音、どこかで見た顔、どこかで聞いた声。
この街に出てくるまで、確かに僕はこういう山の中で暮らしていたのです。体の力が抜けて、心が穏やかになる原風景。こういう気持ちは僕だけのものなのでしょうか?それともカンヌを魅了したこの作品の風景は世界中の人々にそういう郷愁のようなものを喚起させたのでしょうか?

「人間は大きいのか?小さいのか?」
別の映画のテーマですが、ゆったりとした時間の流れの中で「生と死」に向かい合う人々の姿を見ていると、そんな事を思わずにはいられません。静かに心を落ち着けてそういう事を考えたくなるのです。

人間と自然との対比で語るなら、自然の中で根を下ろし、静かに生の営みを続けてきた人間と、彼ら一人一人の思いはとても大きいものに感じられます。でも自然はその全てを優しく強く包み込んで、尚大きい。やっぱり自然の前での人間はどうしようもなく小さな存在であるようにも感じられるのです。

二つのものを比べるのではなく、人間と自然の営みが同化していると見るほうがいいのかもしれません。
一組の離散して行く家族。昔からの暮らしを静かに守りつづけてきた彼ら一人一人には故郷に対する、そこに住む人に対する、家族に対する思いがあります。

少女の青年に対する思い、父の故郷に対する思い、青年の叔母に対する思い、叔母の青年に対する思い。

そういうさまざまな思いが「燃え」そして新しい命が絶えず「萌え」る。新しいものが生まれては消え、作られては壊されていく都会の営みとは対照的に、そこでは全ての物が綿々と連なり、歴史を作っていくのです。無意味なものなど何一つない。
「歴史に名を残す為に映画を撮る」と語る河瀬直美という人が言うところの歴史とは、きっとこういう歴史なのでしょう。

少女と母親が去ってしまい、広い家に残される青年と老婆。誰の物か分かりませんが、青年は古い手紙を焼いています。傍らで童歌を歌いながら静かに目を閉じる老婆。老婆の歌を幼い子供が引き継ぎます。その声はあの少女の声。
「燃え」と「萌え」が一体となった、静かで深い印象的なラストでした。

静かな影像・音楽は若く優れた女性監督の手で様々なことを語りかけます。
予告編にも使われていた「山道をぴったりと横に並んで手をつないで歩く3人の後ろ姿」は、静かに、そしてしっかりとその暮らしを守りつづけて行く彼らのそれからの15年の時間を雄弁に語ります。対照的に、父の死後、バラバラに廊下を歩き出す4人の後ろ姿は、離散していく彼らの行く末を表現しています。

彼女の映画に対する思いも時折挿入される8ミリのシーンで垣間見えます。彼女の映画は過去と未来の両方に連なる歴史を切り取った一部のようなものなのでしょう。そこには名もない人の様々な思いがあります。
彼女の目を通して、ファインダー越しに見える吉野の山はきっと本物の(僕たちが自分の目で、その場で見る)それよりも美しいはずです。美しく見せる為に加工された美しさという意味ではなく、そこに生きる人々と彼女自身の思いがそこに込められているからです。

映画が現実を超えることができるのは、そこに誰かの思いが込められているときだけです。
97/11/16(日) 00:49

この映画を見るのは、これで3度目ですが、今回は「男女の関係の残酷さ」を感じました。

祭りの日に家を飛び出したみちるを迎えに行く栄介

何も言わない、ずっと何も言わない。手を握るだけ。やがて立ち上がり栄介の肩に顔を埋めて泣き出すみちる。
栄介は優しい、みちるに余計な事を何も言わない。でも決して肩を抱いたりしない。やがて歩き出す。まるで、その瞬間が永遠に続く事を願っているみちるを突き放すように・・・。
思わせなぶりな態度をとらず突き放すのは表面的に冷たく見えて実は優しいのでしょうか?それとも表面的には優しい様に見えて実はものすごく残酷な事なのでしょうか?僕は表面的にではなく、どこまでもどこまでも、優しくて、それと同時に残酷だと思いました。
二人は手を繋いで出店が並ぶ祭りの夜を歩き出す。みちるが感じた手の温もりと、栄介が感じたそれは微妙に違う。みちるは引っ張られるように歩く、それは彼女にとってある意味では至福の瞬間だったはず。彼女はあの瞬間を一生忘れない。でも栄介は違う。彼にとってはみちるは大切な妹のようなもの、あの祭りの夜の手の温もりも、決してみちると同じようにいつまでも忘れないわけではない。

屋根の上で戯れた瞬間も別れの日の栄介の手の温もりもみちるは一生忘れない。

あの別れの日、栄介がみちると泰代の手を握った時、その微妙な時間の差にどうしようもない残酷さを感じてしまいます。でも僕はその後、少女の決意の潔さに驚かされました。
やがて、トラックに乗り込んだみちる。泣きながら手を振る彼女は栄介の方を見ない。決してみない。おばあちゃんだけを見ている。
彼女は彼女なりに栄介の優しさと残酷さの両方をきちんと受け入れたように見えました。彼女の潔さに切なくなりました。
97/12/25(木) 13:51

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