ファーゴ

期待通りの作品でした。

冒頭、この映画が実話を忠実に再現したものであることがまず明かされます。
通常この手の字幕はエンディングで出てくることが多いのですが、この映画では冒頭にこの事を知らせることで最大限の効果を生むことに成功しています。

「普通の世界に住む普通の人々達が、神様のチョットしたいたずらでまるで映画のような悲劇(コーエン兄弟風喜劇)に巻き込まれることになる。」

自分の意志では何も決めることのできない人、自分一人で何かを成し遂げる能力のない人、このドラマの発端となる誘拐劇の仕掛け人ジュリーはそういう人物の典型です。そんな彼のささやかな抵抗、たった一つの小さな決断がありとあらゆる人の歯車を少しづつ狂わせていきます。

こういうキャラクターは一見、物語の、しかも多くの人の血が流れるような物語の仕掛け人としては相応しくないように見えますが、実は違います。自分の内側に内側に鬱屈を蓄積していく彼のような人物、そして神様がチョットいたずらを仕掛けると、もう事態をコントロールすることなど一切できない人物、彼のような人物こそが悲劇の仕掛け人には相応しいのです。

印象的なシーンがあります。義父に融資を断られ、その上儲け話を横取りされた彼は、一度はカッとなり感情を爆発しかけますが、結局大人しくヘラを拾って窓の氷を削ります。その上、妻のために買い物までして帰宅します。

彼はそういう人物です。

ジュリーだけでなく、登場人物は皆非常に人間臭い存在です。相反する2面性を合わせ持つような。それが、「光と闇」なのか「善と悪」なのかぴったりとハマる表現は難しいのですが、とにかくそういうコントラストを意識させられました。

最後の最後で両方の代表選手が相見えます。

数々の命を奪い、相棒の死体を機会にほうり込む男に女署長の声は聞こえません。もともと、この二人にはお互いの声など一切聞こえないのかもしれません。
パトカーの中でも彼は結局一度も口を開きません。女署長はつぶやきます。

「私には理解できないわ。」

この二面性を抱え持つ一人の人間にとってもお互いの声はやはり聞こえない、理解しがたいものなのかもしれません。

「人間はおかしくて、哀しい。」

実に上手いコピーです。ただ、・・・・。
当日、場内ではかなり笑いもおこっていたのですが、僕はほとんど笑えませんでした。面白いのはよく解るし、違う映画で同じジョークを聞けばきっと笑ったでしょう。でも僕は笑えなかった。

「人間は哀しくておかしい・・・・・・でもやっぱり哀しい。」

僕にはそう感じられました。

2ヶ月後に生まれる女署長の子供はどういう人生を歩むのでしょうか?
少し心配です。
96/11/16(土) 00:21

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