ヴァイブレータ
彼女は彼を食べた。彼は彼女を食べた。でも吐いてはいない。キチンと噛んで食べ、消化して、おしっこをする。だから行きずりの愛ではあっても、吐いて捨てる関係では決してない。
感情にまかせて食べる事はそんなに難しい事ではない。その気になれば、どこにでも食べるものは転がっている。コンビニ、無線機、自販機、シャブ、ホテトル、ストーカー、電話の恋人・・・。
でもそれを自分の体の中に受け容れて、キチンと噛んで消化して血や肉にすることは、時にとても難しい。皆が普通に出来る簡単な事だからこそ、難しくて、頭の中の声に責めたてられて・・・。だから拒絶される前に、自分でその関わりをシャットアウトしてしまう。そうすれば、今の自分だけは、守る事が出来るから、その夜だけはグッスリ眠る事ができるから。
無線で繋がる仲間たちには、自分の中の守りたい自分だけを見せてあげればいい・・・中卒工務店、ホテトルのマネージャー、シャブの運び人・・・。誰かが自分を遮って大きな声で喋っている時は、じっと耳を澄まして、遠くの声だけを聞いていればいい。それも辛くなった時は「ヒュー」って口笛を鳴らして切ればいい。喉に指を突っ込んで吐き出してしまえばいい。
だけど目の前にいる大切な人は肩を震わせて泣いている。冷たくなった肩を震わせて泣いている。
目の前にいる大切な人は肩を抱いてくれる。そっと、優しいお湯をかけてくれる。
お互いに食べて吐いてしまう関係にする筈だったのに。
本当の自分は、自分以外の物を自分の中に受け容れることによって、作られていく。取り戻していける。
長旅で疲れた彼女の疲れた顔が、コンビニの明かりに照らされて見えた。口元や目元が不器用な曲線を作って波打っていた。とても可愛く見えた。
トラックの中の彼もきっと同じ顔をしていたと思う。これは決して“女性の話”ではないと思った。
04/01/12(月) 21:29