万引き家族
妻のお腹に小さな命が宿っていると聞いても、僕には自分が父親になったという感覚はあまり無くて、出産後に彼女たちのために悪戦苦闘しながら、やっと1日ずつ父親を積み重ねていくのだと実感することが出来ました。
「産まないと母親になれない」「子供たちは貴方を何と呼んでいた?」
倫理や常識や善意が問いかけても辿り着けない真実がそこにはあります。
女の子を抱きしめながら「お母さんは絶対に暴力をふるったりしないんだよ。」という彼女。お風呂の中で火傷を見せ合いながら「同じだね」と彼女に優しく囁く彼女。
僕のギュッと小さくなった胃袋に、彼女の慈しむような優しさが沁みて、娘たちのことを思わないではいられませんでした。
彼女はひとつ屋根の下で、不器用に、でも誠実に母親を積み重ねていました。
お腹の中で命を共にしている時、この世界にその命を送り出したとき、ひとつ屋根の下で生活を共にしている時、お母さんは何度も何度も母親になるのだと感じました。母親にならなければいけないのだと感じました。
そしてこの世界には命を産み落とすまでだけ母親で、その後はそうでなくなってしまう母親や、それから父親もいるのだということも。
また同じ場所に連れ戻されて、繋がれて、また同じように空ろな目で外を見ている女の子。
誰でもいい、誰か彼女を盗みに来てくれないかと願わずにはいられませんでした。