人生のマネジメント(「エンディングノート」)

娘たちに子供部屋を作ってあげるために、この数日、ひたすら断捨離に励んでいる。
先々のことを考えると、自分は、形のあるものは出来るだけ残さず、形の無いものを出来るだけ残せるようにしたい。死ぬときには出来るだけ自分の周りにモノが残らないように、そこから逆算して自分の人生をマネジメントしていきたい。

「エンディングノート」のお父さんは実に見事だった。
あれほど見事に自分の死をマネジメントできる人はなかなかいないのではないだろうか。自身が仰っていたように、それは、ニッポンのサラリーマンの見事な『段取り』という名のマネジメントで、高度経済成長を支えてきた数多のサラリーマンたちの代表選手として『人生』というプロジェクトを万全に締めくくってくれていた。その呼び名を悲哀も込めて揶揄されることの多かった日本中の同年代の『サラリーマン』たちも大いに溜飲を下げたのではないだろうか。

そしてそのDNAは8ミリ好きの父親から映画を職業に選んだ娘へと受け継がれた。
私情に流されること無く、無味乾燥な記録映画とも一線を画し、自身の父親の死をユーモアを交えた商業映画として完成させたマネジメント能力は見事。
まさに「この父にして、この娘あり」だ。

娘たちが年頃になったら、娘たちが独立したら、自分が仕事に一区切りをつけたら、自分が死ぬ準備を始めたら・・・
僕はあと何回、断捨離をすることになるのか。
「親の最後のつとめは、人生の幕の引き方を子供たちに見せてあげることかもしれませんね。」
と、以前ある方に言われた。確かにそうかもしれない。
僕の血を引く娘たちに「パパらしかったね。」と言ってもらえるエンディングの準備を少しずつ少しずつ、していこうと思っている。

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