座頭市

いつ頃からなのか、血が流れる映画が苦手になりました。特に生々しい暴力シーンで血が流れる映画は。だから少し心配だったのです。
踏みしめる大地の響きに鳥肌が立ちました。惨いシーンに血の気が引くのではなく、大地から僕の足を伝って体の下から上へ血液が逆流する感じ。
そのラストのタップダンスを予告編で見て、真っ先に思い浮かべたのは僕も黒澤明の「隠し砦の三悪人」の火祭りのシーンでした。どちらも外国で賞を貰うより、小さな映画館に足を運んだ沢山の観客が鳥肌後の余韻に浸りながら満足して帰っていくのが相応しい作品です。美味しいものてんこ盛のごった煮的痛快娯楽活劇ということでよいのではないでしょうか。ごった煮のように見えて実は素材の一つ一つやその組み合わせには細心の注意を払っているということなのでしょう。
素材の一つ一つ
浅野忠信。病気の妻の為と言いつつ、実は己の本能の赴くままに人を斬ることに快感を覚える侍。一筋縄では行かない狂気と、その凄みと愚かさを演じわけるあたりはさすが。今更改めて言うまでもありませんが、スケールの大きい役者です。
ガタルカナルたか。大衆演劇の幕間に登場するお笑い芸人、狂言回しのような役。どこまでも軽妙で憎めない、ある意味“たけし”の分身のようでした。実はこの映画の中で最もタフな人物の一人。
北野監督は縦社会の幾重にも連なる上下関係の構図にこだわりを持っているのでしょう。彼なりの“黒幕のステレオタイプ”みたいなものがあるようです。
そしてどんな縦社会でも必ず存在する最下層の人々。今回はいつにもまして分りやすくポジティブに彼らへの賛歌が聞こえてきました。
上下関係に飲み込まれたものが皆命を落とす中、しっかりと生き残る人々。しっかりと生き残る人々の力の源。彼等は大地を踏みしめて歩く。彼等は大地に這いつくばって生きる。だから最後の座頭市が転ぶシーンは象徴的です。あれこそが彼らの強さ。そう言えば大昔に見た彼の監督デビュー作でも彼扮する雑草のような刑事は、やたらと自分の足で歩いていました。
大地を踏みしめる響きは久石譲の、流れるような音でなく、ロック!
鈴木慶一、お見事でした。
03/09/18(木) 21:57

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