「ハートのエース」の映画

1本の映画との出会いが、その人を救う。
実際には、その作品が救ってくれたのではなくて「救われたことを実感できた」とか「救われるきっかけをもらった」ということなのかもしれませんが、結局の所、ありとあらゆる出会いの偶然は、内なる何かを呼び覚ましてくれる触媒のようなもの、啓示のようなものなのかもしれません。
「クライマーズ・ハイ」の中に、事故現場の御巣鷹山の事故現場に登る途中の記者が墜落機の乗客の持物であったと思われるトランプのカード「スペードのエース」を拾うシーンがあります。
「なんで、スペードだったんだろうなぁ・・・」
と、その偶然の不幸を後々振り返る重要なアイコンになるのですが・・・。
以前「映画との幸せな出会い」の話から派生して、その真逆のことが起き続けると人はどうなっちゃうんだろう?って話をしたことがあります。自分の運命を何かに託して、カードを引くたびに、それがスペードのエースになるような人生。
でも、結局はその全てが「内なる何か」によるのだとしたら、そういう途方もない悲劇も起きなくも無いわけで・・・。
だからこそ、自分を支えてくれる「ハートのエース」は、偶然ではなくて、しっかりと手の内に収めておく必要があるのかもしれません。記憶だったり、健康だったり、日常だったり、家族や友人だったり・・・。
同じように自分を支えてくれる大切な映画もあります。
ケン・ローチの「ケス」に寄せて「僕は人生で辛いことがあると、この映画を思い出す」と言ったのはオアシスのギャラガー兄弟のどちらかだったと記憶しているのですが。
僕にも、そんな時に決まって見返している作品が何本かあります。
マイケル・ウィンターボトムの「ひかりのまち」
楊徳昌(エドワード・ヤン)の「エドワードヤンの恋愛時代」
僕の「ハートのエース」です。

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