「悪人」の中の食事について思うこと

食べるシーンのいくつかにも随分考えさせられた。

光代が食べる、妹と彼氏の食べ残しのケーキ。“スイーツ”なんて言葉とは無縁の、安っぽいゼリーでデコレーションされた“いかにも”っていうケーキを貪り食う。二口、三口と。
何の感慨もなく虚ろな眼で食べる彼女にとっての食卓とはどんなものだったのだろう?
生きるために食う。食うために働く。その繰り返しが彼女の人生だったのかもしれないとそんな風に思えてくる。祐一との初めてのデートの時、祐一は「ホテルに行こう」といきなり言い出すのだが、光代の方は「何食べようか?」と言っていた。セックスと食事。二人にとってそれは共に「空虚な生」の象徴だったのだ。
居酒屋で佳乃が同僚と食べていた餃子。不自然なズームで映されたそれは後に彼女の命を奪う「凶器」になる。「まずかった」と悪態をついてラーメン屋を出て行く増尾には「食べる」という行為を通して育まれるべきだった人間性が備わっている筈もなく、その二つが重なって衝動的な凶行へと繋がっていく。

彼らにとっては食べることが、人と人を結びつけたり、感謝の気持ちを伝え合ったりすることにならない。そこに見えるのは彼らの深い孤独と空虚さだけだ。

「悪人」

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