平成の終わりに

オリンピックだ、万博だと浮かれている連中は、それが終わればまた何か良からぬ企みをぶち上げるに決まってる。一つの所に止まることなくコロコロと信条を変えて魂まで安売りして。
平成という時代もあと少し。次がどんな時代になるかは分からないが、そこでも一儲けを企む軽薄な連中が必ず現れる。
久し振りに「64」を見た。
昭和の終わりのたった数日の最後の年に止まり続けて1日1日を後悔と鎮魂のためにだけ積み重ね続けた男。そしてプロとしての矜持を胸に一つの事件に向き合い続けた男たち。
正しいという字は一つの所に止まると書く。
「64」の登場人物たちは愚直に一つの所に止まり続けた人たちだ。
そういう愚直さが嗤われて軽薄な迎合やでっち上げが持て囃される雰囲気にうんざりする。
平成の世を通して将棋の世界の頂点に君臨し続けた羽生さんが全てのタイトルを失い、改めて一人の棋士としてその世界に止まり戦い続けるという。
「3月のライオン」で主人公の桐山少年の師匠であり、育ての親でもある幸田という棋士が僕は好きだ。将棋という一つの世界に止まり、将棋を通して世界と関り続けることを愚直に選択した人。
翻って、巷には、一つの所に止まり研鑽を積むのではなく、勝つことだけを目的に自分が勝てるように勝手にルールを変えてしまう輩が幅を利かせるようになった。それこそ、この国の中枢から下々まであらゆる場所で。
勝つためにルールまで変えておいて、一つの所に止まる人、愚直に日々を積み重ねる人を蔑ろにしながらヘラヘラと嗤ったり、聞こえの良い薄っぺらな言葉を並べる連中に決して気を許したくない。

「一つのところに止まる」

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