小便小僧の恋物語

ちょっとだけ知ってたストーリーから、冒頭のシーンを見て少年時代のハリーの役者さんは、主人公の方にそっくりで、うまい子を選んだなあと思ってみていました。で、やがて訪れるであろう「突然の死」を待ち構えていたのですが、まずはお預け。ただ、その後のストーリーでハリーを襲った「突然の死」を暗示させるエピソードがいくつか出てきます。
まずは、70歳の老人の自殺、そして、若き日の管理人のおばさんの恋人の死。
死が突然に訪れた時、生前の喜びや幸せが大きければ大きいほど、生き残ったものにはそれと同じだけの悲しみや喪失感が残ることになります。「愛してる。」と言えなくなってしまったハリーの悲しみが胸に刺さります。

そんな彼に愛を注ぐのがジャンヌ。僕は彼女のことをハリー以上に小便臭いと思いながら見てました(決して悪い意味ではなく)。かすれた声も、悪趣味な洋服と化粧もそして下品な会話も。職業をとってみてもまさに男勝りという感じなのですが、しかし、彼女にはそれでいて本当に女性的で繊細な面も感じてしまうから不思議です。
「優しい男は苦手」という彼女、そう言って男勝りの自分を演じる彼女もハリー同様辛い過去を背負っているのではないかと思いました。ハリーのように告白してしまえないほど辛い過去を。映画の中の恋愛感情にまで「何故好きになったのか。」という答えを見出したくなってしまう僕ですが、その点ジャンヌとハリーがお互いに共感し、惹かれあったというのには非常に説得力がありました。

この映画の重要なアイテムとしてポスターにも使われていたキンキラキンのハイヒールがありましたが、よくあれだけ悪趣味なものがあったなあという感じです。他にもあります。時代遅れのダンスホール、謎のビニールで覆われた車、そして前述の彼女のワンピース、黄色い乳首などなど。こういう趣味が本当に好きな人(B&Dの二人組とか)もいると思うのですが、彼らの場合は不器用で感情を素直に表現できない様子が、とても切なく感じられました。実際、見た目が派手なものの本当の魅力って全然別の所にあったりすることが多いと思います。

で、話はまた「突然の死」に戻るのですが、ハリーは普通の人なら一生に一度あるかないかという愛する人の「突然の死」に不幸にもまた直面することになってしまいます。しかし今度は彼に残されたのは悲しみだけではありません。
管理人のおばさんの言葉が印象的です。
「星は死んだ後どうなるか知ってる?輝き続けるのよ。」
やはり、人が死んだ後、何かの希望が生き残った人にもたらされたとすればそれは究極の希望だと思います。
今思えば、ハリーの家族の死も、70歳の老人の孤独な死も、その死によって、この美しい恋物語をハリーとそして僕たちにもたらしてくれたわけですから。

ちょっと不謹慎でしょうか。
(1996年 渋谷シネマライズにて鑑賞)

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