ストレイト・ストーリー

久し振りに飲んだビール。よく冷えた“ミラー・ライト”。
もう少しで再会することの出来る兄に、一体何を話せばいいのだろう?長い旅を経て彼の分身となった66年型のトラクターがそんな心情を代弁してくれました。
自らの肉体の衰えと、たった一人の兄の病の知らせ。「時間との戦い」を迫られたアルヴィンは、それでもゆっくりと時間をかけて自分の力で進もうと決意します。兄と一緒に星空を見るために。ただそれだけのために。
「年をとって最悪なのは若い頃のことを憶えていることだ。」
時間が全てを解決してくれるとは思いません。長い長い人生の中で決して忘れることの出来ない辛い思い出も後悔もあるから。もし、ただ時間が解決してくれるというのならば、恐らくアルヴィンは十分すぎるほど時間を費やしているだろうに。
でも、忘れるためにではなく、自分と向かい合うために、誰かと向かい合うために必要なのもやはり時間だったのでした。それもゆっくりと流れる時間が。
ただ時間を費やすこととゆっくりと流れる時間の中に身を置くことは違います。
そこでは様々な人々との出会いがある。飛行機や車ではなく、ゆっくりと走るトラクターからは様々な人々の人生が見えてきます。
夜になると彼はたき火をしてコーヒーを飲みながら夜空を見上げます。リンチの映画には先の見えないほどの濃くて深い闇が度々登場します。リンチだけの、誰にも真似出来ない底知れない闇の中で出会った人々は真実を語ります。それまで決して誰にも語ることのなかった真実を。リンチの闇とはそういうものだと思います。
「お前、あのトラクターに乗ってきたのか?」「ああ、そうだよ。」
森の中の一軒家。漆黒の闇の中に浮かぶ満天の星。
あの後の二人の間には語るべき真実すら必要がなかったのでしょう。
どんな人と出会っても決して大袈裟に別れを言わないアルヴィンに代表されるように、どこまでも抑制の効いた演出が心地よかった。決して台詞で説明しようとしないからこそ、ひとつひとつの台詞が生きていました。
「癒し系の音楽」と言っても、狙ってやると案外鼻につくものなのですが、バダラメンティの音楽こそ、まさに癒し系と言ってよいのではないでしょうか。最高にこの映画にフィットしていました。
リンチの旧作とバダラメンティの音楽を無性に再体験したくなりました。
00/03/30(木) 21:24

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