「誰も知らない」

「さよならなの?」

お姉ちゃんは、弟のちっちゃな手をギュッと握り締めて、ただギュッと握り締めてこたえました。

人に本当の孤独を教えてくれるのは?
誰もいない無人島に住む孤独ではなくて、大勢の人々に囲まれている時にこそ感じる孤独。
本当の孤独を教えてくれるのは、ルールに縛られた(守られた)集合住宅の暮らしでもなく、電気代も払えない貧しさでもなく、ましてや少女が差し出した一万円札でもありません。

それでも結んだ手と手の温もりと、その確かさを信じて生きていくしかないんだよね。どんな時でも最後には君の手を握り締めてくれる誰かがきっといるから、多分いるから・・・。ごめんなさい。僕は君たちのことが大好きになってしまいました。
ちっちゃな妹の手を握り締めて、真っ直ぐな夜の道を歩いていく兄。奇跡的なほどの脆さで成り立っていた子供たちのユートピアの絶頂でした。それまで、ある種の居心地の良さを感じながら彼らを見守っていた僕の幻想はそのあと少しずつ壊れていきました。でも壊れた後でも、壊れた後にこそ、君たちが眩しくて、君たちが切なくて、僕は君たちのことが大好きになってしまいました。

何より君たちの表情が忘れられません。大人びたお兄ちゃんが時折見せる無邪気な子供のような笑顔。いつも感情をグッと抑えているお姉ちゃんはなぜだかすっかり大人の女性の雰囲気のようなものまで漂わせていて。特に上の二人の表情と感情と境遇のアンバランスさにドキドキしてしまいました。
お兄ちゃんのそれはただ一人、外の世界と交わることを許された、あるいは課された少年の顔。
お姉ちゃんの方は・・・。外の世界の現実と格闘する苦労や充足感も、何も知らないでユートピアの暮らしを享受する無邪気さも、彼女には許されません。
(恐らくは他の誰よりも早く)大人になっていく自分の体と感情を持て余しながら、じっと暗い押入れの中に身を潜めます。
実は彼女の顔が一番残っていて、頭から離れません。母が帰宅しないことで自分を責める彼女や、お年玉をお兄ちゃんに差し出す彼女や、母の衣類を必死で守ろうとする彼女が。

皆が等しく背負っている孤独。一人一人が誰も知らない人生を生きてる。その中でただ一つの希望となる確かなもの。他のありとあらゆるものがポロポロと手から零れ落ちても最後の最後に残るもの。きっと残るもの。
零したり、拾ったり、ある時はその確かさを疑ったり忘れたりしながら生きている僕には、あまりにも早く純度100%の孤独と、その向こうの希望を手にしてしまった君たちのことがどうしようもなく切なく感じられるのです。
だからありがとう。ごめんなさい。僕は君たちのことがとてもとても大好きです。
04/09/09(木) 18:14

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