「欲望の翼」

そこには、賢しげに恋愛の駆け引きを楽しむ者など一人も無く、皆が感情と運命に翻弄されている。その愚かさこそが可愛い。愛しい。
「君のことを一番愛していた。」
その台詞はヨディからスーに伝えられることは無く、独白も遺言すらも許されない。ただ、神の視点で愚かで可愛らしい彼らのことを見ている僕たちだけは、その真意を知ることができる。
ならば、僕は小賢しい神の視点など、その場に捨てて、彼らと同じ愚かさに身を任せたい。
初めて逢ったときの君のことを忘れない。
あの一分の真実を僕は決して忘れない。

ミミとヨディの母の対面シーンが好きだ。
多分、そこに真実は無い、そう分かっていてもヨディの住まいを訪ねるミミ。溢れ出る感情を抑え切れず、抑えることもせず、ヨディの母に縋るミミ。ミミの自嘲にヨディの母が応える。
「昔の私を思い出すわ」
そこには、この作品の全編に貫かれている優しさとリスペクトがある。愚かな男たち、女たちを追いながら、決して神の視点には留まらない共感がそこにはある。

後のカーウァイ作品にそのまま繋がる世界観が、最も濃いエッセンスとして散りばめられていて、20年ぶりの出会いに感謝している。チャイナドレスに身を包み、大人の女性としてトニー・レオンの前に立つマギー・チャンを先に知ってるがゆえに、彼女の初々しさ、不器用さ、直向さが切なくなる。
大好きな君に20年前に逢えたら。
大好きな君に20年後にこうして逢えたら。
決して、神の視点などではなく・・・
僕は、一秒、一分、一ヶ月、一年、一万年を疾風のように、閃光のように、駆け抜けるウォン・カーウァイの世界の住人でありたい。

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