フランスの友へ

フランスを訪ねたことが一度だけある。30年前の卒業旅行。3月なのにパリはとても寒かった。「通じるけど決して英語は喋らない」と聞いていたら本当にその通りで、どこかよそよそしくて、なかなか打ち解けられない人たちだと、多分これは自分の体感というより、他人からインプットされた先入観でそう思っていた。郊外の安いユースホステルのようなところに泊まって、男3人で、近所のカルフールでパンとか惣菜とかを適当に買って部屋で食べたのが楽しかったのを憶えてる。
見る映画の中に少しずつフランス映画が含まれるようになっていったのはそのずっと後で30前後の頃から。ルコントデプレシャン、クラピッシュ・・・。シャルロット・ゲンスブール、ダニエル・オートゥイユ、あとドヌーヴも。渋谷の文化村とか、シネスイッチ銀座とかが思い浮かぶし、あと「アメリ」を見たのはシネマライズだったかな?
「フランスで作られた映画」と括って一まとめにするのにはあまり意味がないのかもしれないし、ちゃんと意味があるのかもしれない。それらには一つの枠にはハマらない多様性や娯楽性やメッセージが豊かに含まれているし、そしてやっぱり「これがフランスだ、フランスの文化だ」という個性や矜持のようなものも共通してあるようにも見える。
日本の映画を(日本の文化を)多分、世界でも最も積極的に受け入れてくれていて、タケシとか是枝さんの作品は日本よりも(もしくは日本の次くらいに)深く受け入れられているのではないだろうか。
あとは宮崎駿とか・・・。
YouTubeで偶然にフランスの少女たちが教会で「千と千尋の神隠し」の「いつも何度でも」を見事な日本語で歌っている動画を見て、そして何度も何度も繰り返し見て、そして今、こうしてフランスとフランスの人と、フランスの映画と、フランスの文化について書いている。

ここから先は、30年前にパリを一度だけ訪ねたことしかなく、その後、何本かのフランス映画を見たことしかない僕の想像。
よそよそしく、簡単には打ち解けないかもしれないけど、少しずつ少しずつ、急ぐことなく対話を続けて、そしてある時、何かのきっかけで、自分のとても大切なものを打ち明けた時に、それに共感してくれて、リスペクトしてくれて、彼の方も同じようにずっと大切にしてきたものを打ち明けてくれる。そして、一生の友人になる。
それがフランスの、フランス人の、フランスの文化の懐の深さではないかと。

「アマンダと僕」ではフランスを襲った不幸なテロリズムの犠牲になった人たちと、傷を負って残された人たちが丁寧に描かれている。
多様性を受け入れる懐の深さと、批判的精神と、それから自分のそばにいる大切な人を慎ましく愛し守り続ける優しさと・・・。
フランスを思う時、フランスの人を思う時、僕はこの映画を筆頭に何本かのフランス映画を走馬灯のように思い出す。
30年前に一度訪ねただけだけど、僕はフランスをリスペクトしている。是非、もう一度訪ねてみたいと思っている。そして出来るだけ多くのフランス映画に出会いたいと思っている。

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